俺、相沢祐一が5歳の時のある日、俺は雪の街に降り立った。 まだ俺が、自分の事を僕と呼んでいたくらい小さな時の事だ・・・。 --------------------------------------------------------------------               『白い過去』 ある冬、母が妹の家(つまり俺の叔母にあたる)を訪ねると言うので、俺も付いていく事になったのだ。 すると、そこは自分の住んでいる所よりかははるかに極寒と言った感じの地。 そこで、俺は一人の少女に出会った。 そう、名雪だ。 水瀬名雪。 俺の叔母の娘。 いとこだ。 しかも同級。 最初はやはり人見知りも激しく、緊張感があったが、やがてそんな固い雰囲気もすぐ なくなり、お互いが下の名前で呼ぶくらい仲良しになった。 雪の街ならではの遊びをたくさんした。雪合戦、雪だるま、かまくら・・・ 雪を使った遊びなら一通りやったような気がする。 庭を雪で作ったうさぎだらけにして秋子さんに怒られた事もあった。 怒られたと言っても、優しく諭すような注意だった。 それから毎年、冬休みは名雪の家に泊まらせて貰う事になっていた。 名雪のお母さん、俺の母親の妹、俺の叔母にあたる、秋子さんも1秒で了承してくれていた。 初めて名雪にあってから2年後の夏休みに、俺はまたかの地を訪れる。 避暑地に遊びに来ていたのだ。 ここから名雪の家は近いが、冬休み以外はそっちには行かなかった。 宿泊先から好奇心で遠いところまで歩いていく。 すると黄金の麦畑が、地平線の見えるまでと言うぐらい広く見渡せた。 そこで、俺は一人の少女と出会った。 川澄舞だ。 いきなり麦畑の中から人の声が聞こえたのでびっくりした。 何故こんな所に一人で遊んでいるのか。 それは、話せば長くなる。 彼女は生まれつき不思議な力を持っていて、彼女の母は彼女を生んだ頃から 体の調子が悪くなっていた。どうやら娘に力の大半を持っていかれたようだった。 と言っても、その母親はごく普通の人間で、生まれた彼女が周りの人間とは 少し違う力を得ていただけだった。 やがて、その母親は、力尽きる事になる。 だが、母を愛して止まない彼女は、母が甦る事を祈り続けた。 その時力は発揮され、母親は体調を直す事が出来たとはいかないまでも甦った。 その力はテレビ番組で放映され、やがて彼女とその母は奇異の目で見られる事になる。 そして今の、黄金の麦畑の近くに住み着いたが、その付近辺の隣人たちにも奇異の目で見られていた。 母は娘のせいで自分も奇異の目で見られた上に体調を崩しても、娘の事が大好きだった。 それで今はその母と共にここに住み着いていたのだ。 2週間くらいの間は、俺は母に、あまり遠い所まで行っちゃ駄目よと言われても その黄金の麦畑まで遊びに来ていた。 いつの日か、彼女の力を見る事になるが、俺は周りの人間のように奇異の目で見る事はなかった。 ただ、へぇ、と感心するだけだった。他に何もない。 そして、家に帰る日になった時、彼女は調べたのか俺の宿泊先に電話をかけてきた。 魔物が来るから一緒に麦畑を守ろうと言うのである。 それは俺は嘘だと思っていた。ただ彼女が俺と居たいがために吐いた嘘だと思っていた。 確かに魔物ではない。だが、彼女にとって麦畑を荒らすものなら何でも魔物だと思ったのではないか。 気付いたのはその10年後の話になるのだが、その魔物とは 高校の新校舎を建てるための工事だったのではないかと思う。 だが本当は、彼女が俺に帰って欲しくないためについた嘘だった。 そして、その子とはそれっきりだった・・・。 やがて、その時からさらに3年の月日が経つ。 もうそろそろ一人称が俺に変わる頃。 この時の冬から、ここに訪れる事もなくなると言う運命は知る由もなかった。 いつもの冬休みで名雪の家に遊びに来る。 すると名雪は嬉しそうだ。 冬休みになったらすぐ名雪の誕生日。 俺が来る日と誕生日が重なるのだから、無理もないかもしれない。 まぁ、自分で「俺が来る日」と言ってそれが喜ばれると言うのは微妙な線だ。 だが、毎年誕生会で名雪を祝うので、当の本人は喜んでくれているのだと思う。 大好きなイチゴのショートケーキを幸せそうに食べてくれる。 そして、いつの日か商店街を歩いていると、俺は一人の女性を見つけた。 ちらっと名前らしきものが見えた。それには、沢渡真琴と書いてあった。 とても魅力的な女性だった。 俺は一目ぼれしたみたいだったが、そう言う時ほどその人には話しかけられないものだ。 見つけては遠くから眺めているだけだった。 さらに遠くまで歩いてみると、雪の街をよく見渡せる丘に着いた。 そこは通称、ものみの丘と呼ばれるらしい。 しばらくそこで立ちすくんでいると、一匹のメス狐が姿を現した。 どうやら足を怪我しているらしい。 俺はその子を抱いて帰ると、怪我が治るまで保護する事にした。 誰にも言えないような独り言を、狐にしゃべりながら過ごしたりした。 秋子さんに見つかったら大変だと隠していたが、どうやら知らない間に普通に 見つけられていたようだ。 秋子さんが夕食の調達に財布に鈴をつけて出かけると、その音が好きなのか 狐は2階から下に降りてまでくっついて行っていたらしい。 そして、いつしか怪我が治ったので、野生性を失わない内に俺はその子狐を 元居たあの丘に帰してやる事にした。 その時、その子狐がそれを『捨てられた』と思ったかどうかはわかるはずもなかった。 ある日、名雪と夕飯の買い物に行くと、名雪は夕飯の材料を買いに商店街の中へ消えていく。 そこで、俺は一人の少女と出会った。 月宮あゆ。 最初は泣いていた。ただただ泣いていた。 挨拶しても、自己紹介しても、返ってくるのは涙の泣き声。 母を失った悲しみは、絶望感でしかなかったのだろう。 もっとも、それと知ったのは後で彼女が話してくれた事だ。 その時はまだ知らなかったのである。 やがて彼女を落ち着かせ、話が出来るようになるとたい焼きを一緒に食べた。 これで少しは気分が落ち着いたのだろうか、少しずつ哀しみの顔が和らいだ気がした。 それからは商店街で落ち合ってはゲームセンターで遊んだりたい焼きを食べたり、 また会う事を約束して指切りをして家に帰る事が多かった。 ちなみに、ゲーセンで使った金は名雪からもらったお小遣いだったりする。 結局、いつもお金をからっぽにして帰るのだから、名雪は怒っていた。 と言うか、半泣きだった。 そして、何回か会った後、俺はあゆと一緒に秘密の場所へ行った。 この前見つけた、大きな木のある森。 そして、この森は俺たちだけの学校となった。 だが、結末は悲惨と言うには可愛いくらい残酷なものが待ち受けていたのだった。 俺は年を跨いで水瀬家に世話になり、冬休みも終わろうかと言う時、家に戻る。 その1日前の事だった。 彼女はいつもの大きな木に登って、大好きだと言っていた街の風景を見ていた時、一際強い風が吹く。 それだけのはずだった。 大きな岩でも落ちたような音が聞こえる。 全てが止まった瞬間だった。 だが、微かに動くそれを見て、時はまた動き始めた。 しかし、そこにあるものは白き雪を夕焼けと同じ赤に染めていた。 いつかまた遊ぶ事を信じて約束したその時の指切りは、解かれなかった。 最愛の彼女を失ったその時、俺は現実の記憶を、紙を鋏で切るように切り取った。 そこに残るは白いキャンパス。 そして、その部分は自分が作った幸せの妄想で埋めた。 そして、その子が病院に運ばれても、意識不明。 彼女の家族も居ない・・・。 やがて、それはニュースになり2度とこのような事件が起こらぬようその大木は切り倒されたのだった。 そしてその日、駅前のベンチで彼女のように泣きながら途方に暮れていると、名雪に会った。 すると彼女は言う。 雪うさぎを作って頭の上に掲げて、大好きだからまた来年も会えるよね、と・・・。 しかし、そのうさぎは雪で作られていた。 あゆを真っ赤に染めた雪。 冷たき記憶。 無意識のうちにその雪うさぎを薙ぎ払い、後は地面に叩きつけられて跡形もなかった。 泣き謝る名雪を見ても、俺は何とも思わなかった。 明らかに変わった俺。 その次の日にもう一回今の言葉を言いたいから来て、と願う名雪。 だが、帰る当日も名雪が待つ駅前に向かう事はなかった。 一回名雪から手紙が来た事があるが、あの街の記憶に触れたくない俺は、 まるでその街を知らなかったかのように全てを忘れ、その手紙の返事を書くこともなかった。 そして、俺は嫌な記憶のある冷たき雪の街を、2度と訪れる事はなかったのだった・・・。