----------------------------- 切ない納得 ----------------------------- 「お前ら、一度喧嘩もした事あるくらいなのになんでそんな仲いいんだよ・・・」 「ん?」 「ふっ・・・」 杏と智代は顔を見合わせた後、思いっきり笑った。 「な、何がそんなに可笑しいんだよ」 「2人ともあんたの事が好きだったからよ」 「え?」 なんか、恥ずかしい事をさらっと言われた気がするぞ。 「すまん、よく聞こえなかった、もう一回訊くぞ。  お前ら、一度喧嘩もした事あるくらいなのになんでそんな仲いいんだよ・・・」 「私も杏もお前の事が好きだったからだ」 うん?なんか、聞き間違えた気がするぞ。 「すまん、聞き間違えたと思う、もう一回訊くぞ。  お前らなんでそ・・・」 「あーっ!あんたは何回言わせるつもりよ!」 杏が顔を紅くして堪えられないと言った感じで爆発した。 「罪なヤツだな」 「ってお前もだろ!」 しかし・・・考えれば考えるほどびっくりだ。 「それで意気投合しちゃったのよ」 恥ずかしそうに顔を上げながら杏が言った。 「好きだったって事は今は嫌いなのか」 「そんな訳ないでしょ!」 「え?」 「あ・・・」 杏は顔を紅くしてそっぽを向いてしまった。 コイツはこういう事になるとどうすればいいかわかんないんだな〜。 こいつのこんな姿を見れるのはラッキーだ。面白い。 「で、お前は俺の事が嫌いになったのか?」 「今でも好きだぞ」 「あ・・・」 って逆にやられてんじゃん俺!つーか馬鹿だ。 杏は、2年の時から何となく俺に気が合ったもんな・・・ 3年の時、クラスが分かれて隣のクラスになったけど、妹名目で 俺んとこよく来てたもんな・・・ 智代と言えば・・・まぁ気が合ったと言えばそうだな・・・ こんな男勝りなのに、女だから女の子らしく振舞おうとしてるのが逆におかしくて、 意外に傷つきやすくて、そう言うとこが可愛かったな・・・ 「お前にはあの子が居るんだろう。なら人道を踏み外さないようにな」 いや、俺の嫁を、年下のお前があの子って言うなよ。 しかも告白しておいて人道を踏み外すなとか言うなよ。 「汐ちゃん、すっごい可愛いわよ〜。さすが渚ちゃんの子ね」 「俺の子でもあるぞ」 「あんたが産んだわけじゃないじゃん」 そう・・・渚が、本当に死ぬかもしれない状態で産んでくれたんだ。 「あ・・・なんかむかついてきた・・・」 !? 俺何も言ってねぇよ! お前こそ勝手な妄想して俺に当たるなよ! 「朋也、大変だったな・・・」 「え、ちょ、おい・・・」 智代が、母が庇うように俺に抱きついてきた。 まるで、心を読まれたかのような・・・そんなタイミングで。 そして、その介抱は、心地よかった。 「隣に杏も居るのに、お前はやっぱり堂々とそう言う事をするんだな」 でもその杏は、優しい目で見ていた。 「次は杏にもやらせてやるぞ。喜べ」 「渚が居るから充分なんだよっ」 あんまり抱かれたままだと恥ずかしいので、振り払う。 と言うか智代に抱かれるのは、男友達とじゃれてる感じだ。 「もうそろそろ春原を起こして他を歩くよ」 「あーあーそう言えば忘れてたわねぇ」 哀れ春原。わざわざ遠いところまで来て気絶して忘れられるとは。 「またな」 「じゃぁね朋也」 「また会えるだろうな」 「ああ」 そう言って別れを告げて春原を起こしに行く。 「おい、いつまで寝てんだよ」 そう言って股間を踏み潰した。 「ギャーーーーーーーーーーーー!!!!!」 あ・・・今、かなり快感だった。 智代の気持ち、かなり共感できた。 春原があちこち歩き回っている。しばらく待とう。 ・・・・・・。 ・・・。 「大丈夫か?」 「あんた、悪魔っすね」 しばらく時間が経って、ようやっと春原が落ち着きを取り戻した。 「って言うか、あんた贅沢過ぎだよ!!」 「何の話だ?」 「っつっか俺によこせよ!」 「だから何の話だよ?」 「杏と智代にも好かれてんじゃん!」 「知らねーよそんなこと、今の今まで知らなかったよ」 「で、振るのか?振るのか!?」 「お前、質問間違ってるからな」 「なんで俺にはできねぇんだよ!」 「変な事考えてるからだろ」 「そんな事は少ししか考えてねぇんだよ!」 少しはあんのかよ。 時刻は正午を過ぎていた。 どこかで昼飯を食いたい。 渚が働いてたところはファンシーなので、野郎2人が入れるようなとこじゃない。 とすると・・・ 「僕たちの行きつけの場所しかないよね!」 ってあそこか。あそこしかないのか。春原の嘗ての寮の隣の定職屋だった。 「お金ないんだよね」 寒い事を行ってその店で飯を頼む。 春原はカレーだった。 「うっ・・・ちょっとトイレ行ってくるわ」 春原はトイレに駆け込む。俺踏み潰したんだけど出るんだろうか。 食事中に汚い事を考えてしまった。 春原の飯はあるのにそのご主人様は居ない。と来ればだ。 ザーッ! ありったけの塩を入れてやった。 でかき混ぜてやった。 「ふーすっきりした」 春原が返ってきた。 かき混ぜたことには気付いていないようだ。 「いただきまーす」 ・・・。 「ぶっ!!!」 春原が吐いたカレーは、店員さんにかかってしまった。 「おうっ!」 「あ・・・」 「おいてめぇ、なんてことしやがんだよ」 あいにく店員は不良っぽい感じだった。 普通なら客に向かってそんな事言ったらクビだが、寮の店という事でお構いなしだった。 「ひぃぃ!スミマセン!!って言うか岡崎!お前何入れたんだよ!」 つーかあんた謝るの早過ぎ。 「何も入れてないよ。店員さん、こいつ店員さんの料理は不味いってさ」 「いい度胸してんなぁあんちゃん」 あんたもな。 他の客も居た手前さすがにヤバイ状況だったので事情を説明した。 「ちっ、あんたも食べ物粗末にすんなよ」 店員さんはそれだけ言って新しいものを作ってきた。 「あいよ」 「頂きまーす」 俺の料理も一緒に出てきたので食べることにする。カツ丼。 それから何事もなく食べ終わったが、料金は2倍だった。 「僕、お金ないって言ってんのにさ・・・」 その料金、ついでに俺の分も春原に払わせてその店を後にした。 店を出てから、春原の嘗ての寮が目に入る・・・。 「行こうぜ」 「ああ・・・」 俺が促すと、春原もしぶしぶ頷いた。 「なぁ、僕の部屋、誰が使ってるんだろうね」 「知るかよ、馬鹿」 「何で馬鹿って言われなきゃなんないんだよ!」 「お前が馬鹿だからだろ」 「ひ、ひどいよあんた!」 多分、発端は俺なんだろうけど、くだらない事で喧嘩?はよくあるものだ。 しばらく言い合いを続けていたら・・・ 「あれ?岡崎っ!?」 「ん?」 「え?」 「春原も!?」 寮の中から・・・美佐枝さんが出てきた。 相楽美佐枝さん。俺の高校時代からずっとここの寮母をやっている。 長い青髪は短く結いで、エプロンをしている。 女学生のように若く、八重歯が印象的だ。 「こんちはーっす、美佐枝さーん」 春原は飛んで美佐枝さんの胸に飛び込んでいった。 「久しぶりー、春原ぁーーー!!!」 どごぉっ! ドロップキックがかまされた。春原の体は今日持つのだろうか。 「岡崎・・・久しぶりねぇ!元気だった?」 美佐枝さんは喜ばしそうに俺に話しかけてきた。 春原、杏と智代の時みたく、またしばらく眠っててくれ。俺は楽だ。 「色々あったけどな・・・」 「なんか、あんたの声が聞こえたから幻聴かと思って出てみたけど、本物だったわねぇ」 「あっそ」 「春原も居たし・・・なんかあの頃を思い出すわねぇ」 美佐枝さんは何かを思い出しながら感慨深く言った。 「あんたら一緒に居ると、馬鹿は変わらないって感じが実感できるわー。  でも、あんた、なんか大人らしくなってない?」 そりゃどーも。 「それに控えてあいつは相変わらずね・・・成長って言葉知らないのかしら」 ああ、お前はなんて哀れなんだ、春原。 俺だけはお前の味方だぞ。馬鹿。 「美佐枝さん、手加減してやれよ」 「む、年下にタメ口聞かれるなんて何年ぶりかねぇ・・・あたしも年取ったかねぇ・・・」 今は寮の学生も礼儀正しいのか・・・。 「それでも、早苗さん並に若く見えるよ」 「早苗さんて、あの時の?」 昔、春原と恋人のフリをしてもらった時の事を覚えているのだ。 「あの人も綺麗だったねぇ・・・って、あら、あたしまだそんな若く見える?」 美佐枝さんは嬉しそうに顔を綻ばせている。 「春原の部屋はどうなってる?」 「うん?ああ、もうぜんっぜんいい子が綺麗に使ってるよ」 春原と同じ部屋が、春原以外に使われているのが、どうしてか想像したくなかった。 俺たちの過ごした思い出が、別の形に変わっているからだ。 「美佐枝さん、まだここに居たんだな」 「・・・ふっ・・・そうねぇ・・・いつになったら来るんかね・・・」 そう言って顔を伏せてしまった。と思うと顔を上げた。 「まぁここで立ち話もなんでしょ、あたしの部屋に来なよ」 美佐枝さんの部屋に上がるのも、本当に久しぶりだった・・・。7年ぶりくらい? それでも美佐枝さんと美佐枝さんの部屋は変わっていなかった。 ・・・?ん?待てよ。 かつて早苗さんが春原の部屋に来たとき、美佐枝さんは早苗さんの事を 同級の人と扱っていた。でも俺たちの想像ではあの頃美佐枝さんは23歳。 でも早苗さんは・・・渚の誕生日はクリスマスであの時ダブっていて18で・・・ でオッサンの話によると早苗さんもあの時の渚と同じくらいに身ごもったという話だから 早苗さんの推定年齢は一番若くても36!?で今あれから7年経ってるから43?考えたくねぇ! 美佐枝さんはその早苗さんを同級っぽい扱いしたから、同じく43? それとも俺たちの想像が正しくて早苗さんよりも13も下で30なのか? あの時同級っぽい扱いしてたけど実は早苗さんより13も下だったのか? でも早苗さんの方が子供っぽかったぞ。って言ったら失礼か。 どっちにしても2人とも非現実的だ。若すぎるぞ。年の事は考えたくても考えないようにしよう。 「ニャァ〜」 「ん?こいつもまだ居たんだな」 トラ猫だった。美佐枝さんが高校を卒業したときからずっとこの部屋に居る。 あれから相当年月が経ったはずだけど、それでも名前がなかった。 「すぐ居なくなると思ってたから結局つけてないのよ」 美佐枝さんは背中を向けてコーヒーを入れながら言った。 「でも、春原に捕まえられた時や、文化祭の時、探してたじゃん・・・」 「うーん、居たものが居なくなると寂しいものよ?」 「まぁそれはそうかもしれないけどさ・・・なら名前付けろよ」 高校時代まで年上にはタメ口だったが、早苗さんや公子先生には敬語だった。 いい人には敬語だったけど、美佐枝さんもいい人なのになんでタメ口なんだろう・・・ 若く見えるから同級扱いしてしまうのか、気が合うのか。 タメ口に関しては美佐枝さんも昔っからタメ口されていたため気にしていなかった。 まぁ幸村と同じ感じか。いや、同じじゃないけどな・・・。 「はいコーヒー。ブラックで良かったわよね」 「どーも」 勝手にブラックにされたが何も言わずに出してくれたので礼を言った。 「懐かしいなー。また美佐枝さんの布団で寝ていい?いい匂いするからさ」 「はぁ・・・また?何もないのに?はぁ・・・勝手にすれば・・・」 美佐枝さんのため息も久しぶりに聞いて満足だった。 「・・・ふっ・・・あたしはいつまでコイツと共にここに居るんだろうね・・・」 コイツとはその名も無きトラ猫のことだった。 「・・・美佐枝さんの待ってるのって、多分コイツの事じゃない・・・?」 「え?」 美佐枝さんが驚きの顔をこちらに向けた時、俺はそのトラ猫を抱いた。 「だって、あいつが消えた時代わりにコイツが居たんでしょう?」 美佐枝さんは消えてしまった好きな人をずっとここで待っている。 乙女心が切ないなんて言ったら、智代が憧れるかもしれないが・・・。 美佐枝さんが好きになった人は、美佐枝さんから見て年下だった。 高校時代の初恋の人と両思いになれるように、願いの叶う光を持ってきた少年が美佐枝さんの前に現れた。 かつて、病院で元気をなくしていたときに励ましてくれたお礼だった。 光と言うのは、よくわからないが親に渡されたものらしい。 でもその少年が来て、美佐枝さん初恋の人はその少年を使って、もう彼女が居る事をその時の美佐枝さんに伝えようとしていたらしい。 少年は、美佐枝さんに幸せを運ぶつもりが、虫の知らせの存在となりかねなかった。 美佐枝さんの初恋が実らなかった時、側に居たその少年が彼女を支えたのだ。 美佐枝さんは、少年が来たばっかりの時は、あんたのせいで初恋の人との噂が悪くなっちゃうでしょと、 そう言っていたが、それからは違った。 いつまでも隣にいてくれと。願いを言った。 でも、少年は時間がないと、いつしか消えてしまった。 その代わりに猫が現れた。 美佐枝さんは短大を卒業した後、ここに戻ってきて、 少年をここでずっと待つため寮の管理人をし続けることにしたのだった。そのトラ猫と共に。 いつ、少年が帰ってきても見つけられるように・・・。 「あの話の延長線上を辿って考えると・・・信じられないだろうけど、  その猫がその少年なんだと思うよ」 今まで不思議なことはたくさんあった。その少年が言った光と言うのも謎だったが、 渚と自宅出産をした時も、雪ならぬ光を見た。 「・・・」 「だから、いつまでも美佐枝さんの側を離れないんだと思う」 「・・・そうね・・・こんな近くに居たのにね・・・」 美佐枝さんは手を伸ばした。 するとそのトラ猫は俺の手元から美佐枝さんの下に走った。 「・・・」 美佐枝さんはその猫を抱いて、泣いた。 やっと見つけた、そして終わった・・・そんな様子で・・・。 俺はその部屋を後にした。