僕の名前は相茶 流(あいさ りゅう)。 何故ここにいるかわからない、記憶喪失だ。 僕は、親戚の橘高(きったか)家の従姉妹に会いに行く予定だったらしく、その途中でこうなったらしい。 最初に出逢った、早苗さんによれば、僕は大学一年生らしい。 今、季節は夏。 この夏、本当に色々なことがあった。 ボーイッシュで強気に振舞う、中学生の三女の倫ちゃん。 内気だけど色々気を使ってくれる、中学生の四女の美里のみ〜ちゃん。 家では厳しいけど時には子供のような、社会人の長女の早苗さん。 表面上は冷たいように見えるけど内はとても暖かい、同い年の次女の冬香さん。 彼女らに会えてよかった。 無事で良かった。 生きていて・・・本当に良かった。 そしてある日僕たちはみんなでピクニックに行くことになった。 |||||||||||||||||||||||||||||||||||| 遠 足 |||||||||||||||||||||||||||||||||||| 僕は従姉妹たちの好意で橘高家に居候し続けることになった。 記憶はまだ戻っていない。 しかし忘れる前の事は伯父さんと冬香さんから聞いた。 言うなら、生前ならぬ『覚前』とでも言うのだろうか。 その時の事はただただ、そうなのか と頷き確かめるだけだった・・・。 僕は客間を借りている。そこにて起床。 と言うか、まだ夜明け直後だ。尿気に誘われて。 古くて大きい、木造の日本家屋だ。その廊下を歩くと足音が響く。 先の廊下に、み〜ちゃんを見つけた。 「あ、流お兄ちゃん、おはようっ」 「ん、おはよう。み〜ちゃん早いね」 まだ朝5時半だ。学校がある時でさえこんな早起きはしない。 「さては、今日楽しみ?」 「だって、今日はお姉ちゃんたちと、流お兄ちゃんとピクニックだもん」 興奮して寝られなかったのだろう。よくあることだ。 自惚れだったらいけないが、自分のせいで楽しみにしてくれるのは喜ばしいことだと思った。 しかし、昨日早寝して今日早起きしたはいいが、緊張のせいかよく熟睡できていないようだった。 足元をふら付かせながら今日の用意を自分の部屋へ持って行こうとしていた。 ピクニックするのにそう荷物なんてないのに、よっぽど楽しみなんだな。 「お弁当、お菓子、ハンカチ・・・」 一つ一つ確認しながら呟いている。 夢中のようなのでそのままそっとしておいた。 っと尿気を忘れていた。思い出した途端、すごくトイレに行きたい。 すると向こう側から冬香さんが歩いてきた。 ・・・なんか話しかけられそうな気がする。いや、それはいいんだけど。 捕まえられたら長話になるんじゃないかと。いや、普段ならいいのだが・・・ あれこれ考えているうちに冬香さんが話しかけていた。 「流さん、おはようございます。早いですね」 「ああ、冬香さん、おはようございます。冬香さんも早いですね」 ちょっと動揺したが平常を装った。 「今日は、私が家の当番ですから」 「あれ?倫ちゃんじゃなかったですか?」 「え?あ・・・そうだったような気が・・・大体はいつも私がやってたので、癖ですね」 あははと苦笑いを浮かべて、雨戸を開けていく。 「今日、いい天気ですよ、流さん」 「そうですね」 「絶好のピクニック日和です」 冬香さんと話すのは楽しいが、尿気は一刻も早く放出の訴えをしていた。 「冬香さん、すみません、トイレ」 「あ、は、はい、すみません」 頬を赤らめて恥ずかしそうに、気の悪そうに頭を下げてくれた。 そこまでしなくてもいいのにと思いながら、僕は笑っていた。 ・・・トイレに向かって。前にもこんな事があったような・・・。 用を済ました後は誰に会うわけでもなく、自分の部屋・客間に足を運んでいった。 しかし今更2度寝できないので居間の方へ行った。 すると冬香さんと倫ちゃんが厨房で今日の昼食・お弁当の準備をしていた。 居間のテーブルに座っていると、倫ちゃんがそれに気付いてこっちに来た。 「流、はよっ」 「ん、おはよっ」 ・・・。 それだけで終わってしまう。しかし倫ちゃんはにこにここっちを見ていた。 「どうしたの?なんかいいことあった?」 「これからあるんだよっ」 ああ、なるほど。 「楽しみ?」 「そりゃ、まぁね」 そっけなさそうに言うが、心底楽しみのようだとわかるのは今まで一緒に居たからだ。 「雨が降ったらどうする?」 「哀しい。つか、今日は一日中快晴だってテレビで言ってたしー」 テレビをつけてニュースで天気情報を見ると確かに快晴マークだった。それも全国。 倫ちゃんもそれを見る。 「楽しみだねっ」 いつものあまのじゃくぶりはどこへやら、満面の笑みだった。 「そう言えば、早苗さんは?」 「早苗お姉ちゃん?さぁ、多分家の事とかじゃない?」 そう言って倫ちゃんは、まだお弁当の用意が途中なのか厨房へと消えていった。 すると必然的に僕一人になる。 「・・・」 しばらくテーブルに視線を落としていると、誰かが近付いてくる気配がしたのでそちらに視線を向けた。 みーちゃんが居間に入ろうとしていた。 「あっ」 どたっ 「みーちゃんっ」 敷居につまずいてしまう。 「いったたた・・・」 「大丈夫?」 「うん、大丈夫・・・」 段差はほとんどなく、転んだ先の地面も畳だったので怪我はなかったようだ。 「ちょっと足見せてみて」 「えっ、でもっ」 うん、どこも怪我してない。綺麗な足だ。 「・・・」 「あっ、ごめん」 そか、僕は普通に心配しただけなんだけど、彼女から見たらやっぱ恥ずかしかったか。軽率だった。 舌をベっと出して謝ると、み〜ちゃんも笑って許してくれた。 それから厨房に入っていった。女の子とは言え3人だと少し窮屈じゃなかろうか。その様子を見てみたかったりもする。 まぁどうでもいいやとか思いながら足は自然と厨房へ。 中は見えなかったが、ぼーっと立っていると中から冬香さんが出てきた。 「流さん、どうしましたか。お腹空きましたか。お昼まで我慢ですよ」 「流ーっ、つまみ食いしたらげんこつだかんねーっ」 「倫ちゃんっ、げんこつまでしなくても・・・」 さらに奥からは倫ちゃんの脅迫とみ〜ちゃんの宥める声が聞こえる。ああ、み〜ちゃんありがとう。 「あ、言え、何となく気になっただけです。狭いかなと・・・」 冬香さんはふふっと笑った。 「大丈夫ですよ。すみませんが、朝ごはんはもう少し待ってくださいね」 そう言って再び厨房に向かっていった。入れ替わり、早苗さんが居間にやってきた。 「おはよう流ちゃん。そんなにピクニックが待ち遠しいの?」 どこか子供を見るようなそぶりで訊いてくる。それは嫌どころか、母の愛のようなものを感じる。 「はい、とても楽しみです」 「ふふ、流ちゃんはまだまだ子供ね」 そう言って頬を赤らめて、テーブルの向かいに座って書類を広げた。 「なんですかそれ?」 「え?ああ、病院の書類なのよ。仕事が溜まっててやんなっちゃう・・・」 「はは・・・」 早苗さんは若いが家の後継として病院の経営者だ。大変だろう。 夏はまだ続いている。 外に出れば熱気が熱い。 しかしここにいれば涼しい。 目を瞑ればそのそよ風を強く感じることができて気持ちよかった。 そうして待っていると、厨房から三人が出てきた。 「お弁当の用意は終わったよ」 倫ちゃんが早苗さんに言った。 「そう、ご苦労様。朝ごはんにしましょう」 早苗さんは机の上の書類を片付けた。 いつもの橘高家の朝食が始まる。 キャベツにレタスにウィンナーにパンにベーコンに卵に・・・バラエティーに富んでいる。 「それではいただきましょう」 早苗さんの合図を基にみんな手をあわせる。僕も手をあわせた。 「いただきます」 しばらく食事中は黙って食べていた。何となく会話が欲しかった。 「倫ちゃん、夏休みの宿題は終わった?」 「ん〜?もうちょこっとで終わるけど?」 「そう」 「・・・何?」 「いや会話が欲しかっただけだよ」 「・・・変な流」 「じゃ、じゃぁ私とお話しようっ」 「み〜ちゃん、口の中に物を入れながらおしゃべりしてはダメよ」 「ぅ〜・・・」 み〜ちゃんは早苗さんに注意され、口の中のものをもぐもぐごくんとした。 「私ももうちょこっとで終わるんだけど、倫ちゃんが」 「み〜ったら、それ言っちゃダメっ」 言うが早いか、み〜ちゃんは続ける。 「倫ちゃんが私に宿題押し付けるんだよ・・・参っちゃった」 「・・・倫」 早苗さんの目がギロっと倫ちゃんを見る。 「い、いや、あれは〜っ、ほら、その、あれだよ、ちょっとわかんなかったから〜」 「・・・倫の方が年上なのに、み〜に分かる訳ないでしょ」 早苗さんが注意すると、み〜ちゃんがむっとした。 「そんな事ないよ、私、頑張ってるもん」 分かる訳ないと言われてみ〜ちゃんは言った。 そんな様子を冬香さんは横でくすくすと笑っていた。 すっかり賑やかな朝食になってしまった。 「今日、楽しみですね」 冬香さんがそう言った。 僕は相槌を打った。 そうして朝食を平らげた後、早苗さん以外片付けに向かった。 早苗さんはと言うとテーブルにまた書類を並べた。 片づけが終わった冬香さんたちが、片付けも終わったと早苗さんに伝えた。 「じゃぁもうそろそろしたら出かけましょうか」 早苗さんは、テーブルの上の書類を片付けるかと思ったら、眼鏡をかけたまままだ書類を見ている。 よほど仕事が溜まってるんだろう。 それなのに僕たちと遊びに行ってくれるなんて、感謝したい。 「私も流ちゃんたちと気分転換したいからね」 こっちの思ってることがばれたのか、早苗さんはそう言ってくれた。 そうして準備は整った。 行くところは、行った事のある丘だ。 そこは緑溢れ芝生が生い茂り、湖などが見え、広く遠くの山を見渡せる。 そこで、昼食を取るのだ。 湖に浮かぶ島には、因縁のある建物が建っている・・・。 行きは徒歩だ。みんなして歩いていく。 家の門を出たところで見た事ある顔が待っていた。 「りゅーうくんっ」 「わっ り、りかぼー!?」 赤坂理佳。この夏知り合った金髪をツインテールにした女の子。 ランニングシャツと青いショートパンツで、軽そうなリュックを背負っていた。 「なんでりかぼーがここに?」 「私が連絡したのよ」 早苗さんが微笑んで言う。 連絡したって事は・・・あそこに電話かけたのか。 その時誰が出ただろう。 「とー言うことでぇー、あたしも、ピクニックにまいりまーす!」 高らかに宣言していた。 「いいよね?流くん」 「もちろんだよ」 「もちろんって、なに?あたしに好印象もってくれてるのぉー?」 彼女がからかうような目でそう言うと、橘高姉妹から冷たい視線を感じる。 これは身の危険を感じる。 ・・・・・・。 ・・・。 「あれ?倫ちゃんその帽子・・・」 丘に向かう途中、み〜ちゃんが倫ちゃんの帽子に気付いた。 「え?ああ、これね、うん、流に買ってもらったの」 正確には無理やり買わされたのだが、当人が喜んでくれているのでよしとしよう。 「前もらったの失くしちゃったから、それだけっ」 「いいなぁっ、私にも欲しい・・・」 み〜ちゃんがちらちら僕の様子を伺う。 「み〜ちゃん、また今度買ってあげるよ」 「ほんとっ、約束だからねっ」 嬉しそうだ。しかし真剣サイフの中がピンチだ。 それから歩く行程では、りかぼーが話かけてきたり倫ちゃんが話しかけてきたりした。 「倫があんなに流さんに素直だなんて珍しいですね」 「そう言えばそうね・・・前あれだけあまのじゃくだったくせに」 「倫ちゃん、すごく楽しそう」 実際、倫ちゃんは僕の手前、顔は微笑んだままだ。 時たま手を繋ごうとさえする。 「あっ、今、流お兄ちゃんの手触ったよっ」 み〜ちゃんが事件を見つけたかのように叫ぶ。 それからはみ〜ちゃんも寄ってきて3人に挟まれて気持ちよい苦しさだった。