―――――――――――――― 見 え な い 苦 労 ―――――――――――――― 俺、岡崎朋也は高校時代で怠惰な生活を送っていた・・・ 進路のことで親父と大喧嘩して肩を壊して夢のバスケもできなくなり・・・ 親父もリストラ食らって酒と惰眠の生活・・・ 高校時代の悪友・春原陽平も学校で喧嘩やらかしてサッカーやらなくなって不良になって・・・ 夢も何もない生活を送っていた。 3年生の春、校門前で立ちすくんでいる女の子の背中を押してやった。 『私はこの街が大好きです。でも変わらずにはいられないです。  それでもこの町を好きで居続けられますか』 自分が変わればいいだろう、楽しい事は探せばたくさんあるはず。 そう、その、背中を、古河渚を押してやっただけだった。 心配して付き合ってやっただけだったのに、その内お互い心支えあうようになって・・・ 大好きになって・・・生きる希望ができた。 好きな人のために生きること。 お互い、それで支えあい、頑張りあい、結婚して、子供も生まれて・・・ 渚は病弱で出産時、命の危険があったけど、無事で・・・。 汐と名付けた子供は女の子で、今は5才。 渚と同じく病弱だけど、元気一杯だ。 渚の母・早苗さんが、渚と汐で旅行と言う名目である場所に行くように書置きを古河家に置いていた。 電車を使ってどこか遠くに行く。電車に揺られながら、汐は渚の手の中で気持ち良さそうに眠っていた。 電車を降りてからその場所までは歩きで、どこかの山のようだった。 途中、地平線が見えるくらい広い花畑があった。 そこで一休みすることにした。汐は花畑で蝶と戯れていた。 その様子を見ていた俺と渚は微笑んでいた。 いつしか、目の前が水で一杯だった。 渚が驚いて俺に声をかけた。 高校時代からは考えられない現実。 夢を失った俺が、今こんなに幸せになるなんて考えられただろうか。 俺は汐を呼び寄せて、渚と共に抱いた。 一生、この大好きな2人を守って、幸せにすると、心に誓って。 そして、その先の目的地には親父の母が居た。 どうして親父の母がここに居るのか、早苗さんが俺のために調べてくれたんだろう。 俺の母親と親父について語られた。 俺の親父、岡崎直幸。親父も、かつてとても苦労した。 家が貧乏で好き嫌い文句も言えず苦労して、夢もなくて、 でも大好きな人が居て頑張れて、でもその人が死んで、代わりに俺が生まれて・・・ 自分が幼い頃苦労したから、もう二度とそんな思いはさせたくないと、 好きな人を失って荒れてはいたけど、俺を楽にしてくれようと、一生懸命頑張った。 俺と喧嘩してリストラしてから、俺を育てる役目を終えたと、今また荒れている・・・ 直幸を許してやってくれと、母と共に住もうと、そう言う話だった・・・。 俺も同じだ。渚と出会う前は荒れてた。でも、好きな人が居たから頑張れた。 その好きな人が居なくなったら・・・俺も親父と同じように、なっていただろう・・・。 そして今日、俺は渚と汐を連れて、忌まわしき思い出があり親父の居る実家に向かう。 ――――――――――――――――――――――――――――― 「渚、汐、準備はいいか」 「はい」 「おーっ」 渚も汐も、元気よく応える。 今更ながら、2人が元気なことが、何よりも幸せだった。 でも、今日は苦い思い出の場所に行く。 この街は、緑の生い茂る場所にはファミリーレストランが建ち、 渚の父・秋生のオッサンが、この街の願いを叶える場所と言う森にも、病院が建てられた。 かつて渚が言った、『この街は変わらずに居られない』と言うのを実感した。 でも・・・俺の実家の場所だけは。本当に何も変わっていなかった。 住宅地だからと言えばそうだが・・・変わっているものばかりを見てきたから 変わっていないものが意外に見えただけだ。 「こんにちは、おじゃまします」 「おじゃましますっ」 渚と汐が家に声をかける。そして俺は・・・ 「ただいま」 実家にこう声をかけるなんて、住んでいた時もしなかった。 何年ぶりなのか、本当にわからないくらい久しぶりだった。 親父はちょっと前まで、騙されて法律的に拙い物を取引していたため 拘置所に居たがやがて解放された。その罪を償ったとして。 親父は優しいから、お金が儲かるよと言われて逆にお金を取られただけなのに。 そして、その親父は、俺が高校生活見ていた時と同じように、 居間で惰眠を貪っていた。 かつてなら、何とも表現の例えようもない憤りを感じていたけれど・・・ 今は・・・そう、なんて、なんて、なんてなんて、言うんだろう、 同情じゃない。感謝。そう、感謝の気持ちが相応しかった。 感謝するような格好をしていないから、変な感じだ。 「親父、ただいま」 「ん・・・ぁぁ・・・ぅ、ぉ」 そう言って嗄れた声を出しながら、目が見えないようにキョロキョロしながら起きだす。 まるで本当に目が見えないかのように、俺の足にしがみ付きながら体の状態を起こす。 すると側の机の上のビール缶を倒してしまった。中が残っていたらしくこぼれてしまった。 「お義父さん、大丈夫ですかっ」 渚がタオルを持って親父の下へ駆けつける。そう、親父は、もう俺だけの親父じゃなかった。何があっても。 「おじいちゃん、大丈夫?」 「この子は・・・?」 「俺の・・・俺の子だ」 「ぉぉぅ、朋也くんの子か、可愛くなったねぇ」 会った事もないのにおかしな事を言うものだ。 「親父・・・今まで済まなかった」 「あんたの母さんに会ってきたんだよ・・・  あなたも、苦労したんだな・・・  好きな人を失ったのに、俺のせいで・・・でも俺のために色々と・・・  父さん」 「俺は・・・  ・・・俺は役目を終えたのだろうか・・・」 親父の顔に凛としたものがあった。それはしっかりとした親の顔だった。 「朋也」 親父が俺の名をそう呼んだ。彼の目はしっかりしていて、俺を家族と見ているようだった。 「今まで、済まなかった・・・迷惑をかけたろう・・・よく頑張ってくれたな・・・朋也」 そう言って俺の頭をくしゃくしゃと撫でる。もう子供じゃない。 なのに、昔のように抗う事はできないで、むしろ甘えるように佇んで・・・ 目の前は海で溺れているような感じだった。 今になってわかる。俺も今まで苦労した。でも頑張れたのは渚や汐が居たからだ。 でも、この人はそんな夢さえもなく、俺を育ててくれたんだ。 その苦労に、同情ではない、感謝の気持ちと、何かよくわからない感情的なものが溢れたのだ。 「父さん・・・!」 俺は甘えたかった。夢にも見なかった、今の関係がある。 高校時代の前のように、その時以上に俺は親父に甘えるように、抱き合った。 もう涙は止まらなかった。その苦労に感謝する気持ちで一杯だった・・・。 それからは渚と、親父の母に会って来て話した事を伝えた。 親父はすぐそこに行く事を決めた。かつての優柔不断な、迷いはなかった。 その目はまっすぐで、生きていた。 準備するものも少なく、多少の旅行用具をリュックに背負って家を出た。 家や借金の事は、俺に任せろと、そう申し出た。 本当に、いがみ合っていただけの場所だけど・・・ 最後の最後は、俺自身で片付けたかったのだ。 親父も俺に負けじと、自分がまいた種と責任を取ろうとしたのだが 最後は俺に託してくれた。 その時の言い合いは、最高の口喧嘩だった。 「じゃぁ行くよ」 「お義父さん、お気をつけて」 「うん」 「おじぃちゃん、ばいばい〜」 「汐ちゃんも、またな」 今まで見たことないような、その優しい顔を一層優しい顔にして汐に微笑みかけた。 「行ってらっしゃい、父さん」 「ああ」 「・・・」 「なんだ朋也」 何だか分からないが、さっきから涙ばかり流れる。俺はこんなに泣き虫だったのか。 早苗さんの事、言えないな。 「男なら泣いたら駄目だぞ朋也」 困った顔で言う。 あんたに言われたくないけど、でもこの人の泣き顔は見たことなかった。 今までのどんな怠惰も、その裏には信じられない苦労があった。 今見えていることが全てじゃない。 結果も大事だけど、それまでの苦労を認め、感謝し、今の苦労は許容してやるべきなんだと思った。 「ああ、そうだな」 出せる精一杯の言葉を言って、頷いた。 今まで暗い道ばかり歩いていただろうけど・・・ これからは違うだろう。だから言う。 さようならじゃない。行ってらっしゃい、父さん・・・。