「ほら、起きなさいよーっ」 いつもと変わらない朝が来た。 それは黄色いリボンで髪を結いでいる、お節介の幼馴染・長森瑞佳が、俺・折原浩平を起こしに来ること。 ------------------------『 守 ら れ る 不 変 』-------------------------- 「うーん、後一畳だけ寝かしてくれ・・・」 「訳わかんないよっ」 「俺の幼馴染ならわかってくれ・・・」 「浩平の考えてることなんて、いつもヘンな事だからわからないよっ」 「わかった・・・わかったから・・・寝かせてくれ・・・じゃないと寝てしまいそうだ・・・」 「どっちにしても寝るんじゃないの〜っ!」 「Zzz・・・」 「あ〜もう〜っ!浩平っ!起きてよ〜っ!遅刻しちゃうよ〜っ!」 ゆさゆさ。 長森が俺を起こそうと必死に揺する。 ああ・・・ゆりかごみたいで気持ちいい。 俺はいつもこうやって、幼馴染の長森に起こされながら惰眠を貪っているのだ。 その日常は、変わらずに守られている。 今日も快晴で、学校に行けばいつもと同じ顔ぶれが現れる。 「おはよーっ」 「あっ、瑞佳おはよ〜」 長森がクラスの友達に挨拶して、その友達も返事を返した。 「七瀬、おはよう」 「あー折原、おはよ〜」 俺も気楽に挨拶した。相手は転校生の七瀬留美。髪は青くて性格は男勝り。 転校初日にぶつかったあげく席まで自分の一つ前という腐れ縁。 「おっ、折原、今朝は早いなぁ」 「まぁな」 同じクラスの住井護が驚いて話しかけてきた。まぁ俺はいつも時間にルーズだからな・・・。 ヤツはこのクラス一の妙な想像力の持ち主。このクラスの男子の怪しい計画はほとんどこの男の提案によるものだ。 「繭も、おはようっ」 「おはよぅ」 長森が子をあやすように挨拶する相手は椎名繭。 大切なフェレット『みゅー』がいなくなって、泣いていた時以来、俺や長森について来たくて学校に忍び込んでいる女の子。 「この子は相変わらずあたしの服来てんのね・・・つーかよく見つからないわね」 七瀬は未だ転校前の服を着ている。椎名の服は七瀬から借りた。 「仕方ないだろ、調達できなかったんだから。それにあの髭は鈍感で適当だし忍び込んでいたって気付かねぇよ」 隣が住井で、その一個後ろの席に、どっかから勝手に机と椅子を持ってきて席を設けて椎名の席としている。 それでも担任や教科の先生は全く咎めない。と言うか気付いていないと思う。この学校の先公はアホだと思う。 「あの子も可愛くてウザかったわねぇ〜」 廊下からブツブツと陰湿につぶやく声が聞こえる。 「あんた、まだそう言う事言うの・・・陰湿なの、カッコ悪いわよ」 七瀬が言う。 「羨ましいのよっ」 嫉妬深い彼女の名前は広瀬真希。緑色の髪はショートカットで性格もボーイッシュで印象的。 七瀬が転校して来たとき、七瀬に人気があったのを快く思っていなかったクラスの女子。 七瀬の席に画鋲を置いたり、陰湿ないじめを続けていたが、それを見ていた俺がキレて怒鳴って嫌がらせは終わり、 後は七瀬の性格で広瀬と仲良くなった。 「どうでもいいけどお前ら名前が似てるな、七瀬と広瀬で」 「あー、こんなウザイ子と一緒にしないでくれる?」 広瀬が七瀬を指差しながら片目を閉じて俺に言った。だがそれは真の嫌味でなく、冗談の気持ちが入っている。 「で、可愛くてウザイっつーんは誰だ」 「3年の深山雪見って人っ。廊下にゴミをポイ捨てしただけなのに、エッらそうに注意してきてさぁ・・・」 「それはお前が悪いと思うぞ・・・」 って言うか深山さんかよ!まぁ、可愛いっちゃ可愛いが、先輩なんだから可愛いというよりは綺麗か? 長森・繭・住井・七瀬・広瀬、なんだかんだでクラスではこの5人と談笑することが最近多い。 授業中では住井が企画を持ちかけてきたり、俺が七瀬にちょっかい出したりで遊んでいたり、長森が俺を心配して見ていたりする。 繭は授業中頑張ってる時もあるが時々寝てたりもする。広瀬は真面目なフリで頑張っている。 そう言えば、茜も同じクラスなのに、あまりこっちのグループとは話してないよな・・・つか元々静かだし。 話しかけるきっかけでもなければ存在感さえ薄く、感じられないような雰囲気だからだ。 昼休み以外は、あまり談笑したりはしていない。 昼休みになると、俺は茜の席の前が食堂に行って空くのを待って後ろ向きに座る。 「・・・なに?」 「昼飯、一緒に食べようぜ」 「・・・嫌です」 「なんでっ」 里村茜。金色の長髪は前でツインの三つ編みにして結いでいる。 雨の日の薄野原で、かつて好きだった人が居なくなったのに待ち続けた少女。 その一途な想いに脱帽。雨の日にピンク色の傘をさしているのが印象的。 雨の日に待っているのは、別れたのが雨の日のそこだったから。 俺は彼女のそれに興味を抱いて話しかけたのだ。それがきっかけで今会話もする。 人生、何がきっかけで突然仲良くなるかわからないものだ。元々静かなのもあって、それまでは一言もしゃべったことがなかった。 「寒いから、嫌です」 「何も外でなんて言ってないぞ」 「浩平、どうせ外で食べようって言うに決まってます」 「ちっ、手の内は読まれてるか」 確かに季節は冬なのに外で食べたいと言い出す俺もどうかしてるか知らないが、茜だから一緒に外で食いたい。 「だから、嫌です」 「寒いなら俺が暖めてやるぞ」 「もっと嫌です・・・」 と言いながらも顔はちょっと綻んで、照れながらの微笑みが見える。 「でも・・・少しだけなら、いいです。詩子も待ってるから」 「がぁっ。あいつも居るのかっ・・・仕方ない、行くかっ」 「はい」 そう言って茜はハンカチに包まれた弁当を両手で持ってついてきた。 廊下で、声をかけられた。 「多分、浩平くんの匂い」 「えっ」 「・・・?」 俺と茜が振り返ると、そこには・・・。 「みさき先輩っ!と、深山さんと澪っ」 川名みさき。闇色の髪に闇色の瞳・・・盲目・・・と言う、信じられない人生のハンデを背負っている。 だが目が見えたときの小学生の頃からこの学校に忍び込んでいたりして地理は頭にインプットされているらしく、 話すときもこっちを向いて話したりするので、全然そう言う雰囲気がわからない。 でも、持っている本は点字だったり、壁を探る仕草はそれを証明して嘘でない・・・。 「匂いで俺だとばれたのは人生初だ・・・」 「やっぱり、浩平くんだ」 「この前は足音で、今度は匂いか・・・足音はともかく、匂いって、俺そんなに臭い?」 「ううん、そう言うわけじゃないけど」 「じゃぁ、何故だっ」 「うーん、よくわからないけど、浩平くんの匂いがしたんだよ」 「なんだそりゃ」 「ごめんね、ジャマしちゃったね」 「いや、そんなことはないよ」 「・・・あの、私たちほからないでくれる?」 「・・・っ!・・・っ!」 話の区切りに突っ込んできた人は深山雪見さん。みさき先輩と同じクラスで、演劇部の部長。 ちょっとウェーブのかかった桜色のロングヘアーが綺麗だ。 さっき広瀬がウザイと言っていた人だが、断じて違う。広瀬はひねくれているのだ。 演劇部の部長でもあるので厳しいときもあるが、とても優しくて冗談も通じるし、ステキな人だ。 「・・・っ、・・・っ」 無言で飛び跳ねている子は、上月澪。紫色の髪はショートで身体も小さい。 こちらも、声帯に支障があり、声を出せないという、これまた信じられないハンデを持つ。 知らなければ、口パクばかりでふざけているのか?と疑うほどだ。 でもそれに絶望することなく、手話でなく、いつも持っているスケッチブックと無邪気な笑顔で挨拶をする。 幼い頃、俺が見知らぬ子にあげた、ずっと持ってろよと言ったスケッチブック・・・いなくなった俺の妹にそっくりだったから。 それがまさかこの学校で偶然再会するとは思わなかった。 いつものスケッチブックとは別に、その大切なスケッチブックは大事に保管されている。 今は自分のことを表現するために、演劇部に入って頑張っている。 俺もたまに澪の頑張りを手伝うために深山さんと一緒に部活動の手伝いをしたりする。 『ごはんいっしょにたべるの』 「澪ちゃん、何て?」 みさき先輩が俺に通訳を求めてきた。澪は声出なくてみさき先輩は目が見えないから、彼女らだけではお互いの意思の疎通が図られない。 以心伝心することもあるけど。 「澪が一緒に飯食いたいってさ。そいや先輩たちは?」 「私たちもこれからみさきや澪ちゃん連れて学食行くところだったのよ、折原くんは?」 深山さんが言う。なんか、ハンデ持ちのお世話部長みたいだ。 「俺たちも今から外で食うんだけど、なら俺たちと一緒に食わない?なぁ、茜、いいだろ?」 「・・・大勢の方が、楽しいですから」 「・・・そちらの方は?」 「クラスの友達、里村茜。仲良くしてやってくれ」 「・・・よろしくお願いします」 茜が礼儀よく丁寧に頭を下げていた。 「よろしくね」 『よろしくなの』 「茜さん、浩平くんの彼女?」 「違います」 みさき先輩が訊いてきた。それを茜が即行で・・・って説明する暇もなく否定していた! 「そういうことらしい」 「浩平くん、面白いね」 みさき先輩は笑顔だった。何故かはわからなかったが・・・。茜も、彼女と言われて多少照れる仕草をしていた。 「いいわ、冬に外でみんなと食べるなんて中々しない体験だものね、付き合うわ」 「私も、浩平くんと食べたいよ」 『いっしょにたべるの』 3人とも了解してくれた。茜も不満はないようだ。 「私たちは食堂で買い物してくるわね」 「ここまでお盆持ってくるのか?」 「そんな恥ずかしいことしないよ」 『またこぼしちゃうの』 「んなら?」 「学食で調達してくるわ」 「なら俺の分も買ってきてくれ」 「高くつくわよ。わかったわ、買ってきます」 「買ってくるね」 『買ってくるの』 「こらっ、あんたたち私の真似しないのっ」 「え、だって雪ちゃんと同じ行動するしかないよ」 『ないの』 「ま、まぁそうね・・・」 そう言って深山さんはみさき先輩と澪を連れて行った。 あの3人なら食堂の喧噪も大丈夫そうだ。深山さんが道を切り開いてくれることだろう。 「浩平、私たちは・・・」 「待ってようぜ、どうせすぐ来るだろうからな」 「はい」 しばらくすると、深山さんが2人を連れて出てきた。横の2人は、満足そうに戦利品をゲット!と喜んでいた。 その手にはおにぎりやサンドイッチなどなど。 「じゃぁ行くか」 俺たちは食べ物を持って外に向かった。