『旅立ちの前触れ』 授業後。 「はいはーい!授業後暇な人は残ってねー、演劇の練習やりますよー!」 「綾ちゃん、相変わらず威勢いいね・・・。」 綾が教壇の前で仕切っている。 「もちろん、主役たちは問答無用で居残りね!」 「ええ〜!ってやっぱりぃ・・・。」 未夢はわかってはいたものの早く帰れないことに肩をがっかり。 でもまあいいか。多分最後の演劇だろうし。 彷徨も居残りさせられてザマーミロッ。 「なんて考えてるんだろうが、あいにくおれは委員会でおさらばだ。」 彷徨がまるで未夢の心の内を悟ったかのように言った。 図星の未夢は慌てて聞く。 「ええっ!ど、どうしてっ!?彷徨だけ練習なしっ!?」 「そうねー、西園寺くんはちょこっと練習すればパーフェクトだから〜!」 目がキラキラしてる・・・。 「おっちょこちょいさんは一生懸命がんばれよ。」 そう言うと彷徨は舌を出しながら教室を後にした。 「いつもいつもいつも余計な事ばっかり言って・・・ 見てらっしゃい、今に驚かせてやるわよ!」 「未〜夢〜、あたしもついててあげるから頑張んなって!」 「あ、ありがとななみちゃん・・・。」 「じゃあ黒須くんは張りぼて作りと照明お願いね!」 綾が監督風に言う。 「任せてよ!おれこう見えてもこういうの得意でさあ!」 いや、見たまんまだと思います。 一通り練習も終え、疲れたぁ〜っと言いながら玄関に入る。 すると一通の電話が・・・。 「あっ、電話だ・・・はーい西園寺で・・・ってうわぁっ!」 『未〜夢ぅ〜!?』 聞こえてきたのは光月未来の声。ママだ! 『西園寺です〜とか言うつもりだったの〜?彷徨くんと結婚しちゃった?』 「違っ・・・そんなんじゃないって!それよりママどうしたの?」 『うん〜、最近学校の調子とかどう〜?』 「え、うん、毎日毎日が山あり谷ありでどうにか頑張ってます〜・・・。」 『そうよね〜宝晶おじさんが出かけてっちゃったから家事とか大変よね〜。』 「あ、ワンニャーやルゥくんとか居るから・・・。」 『誰ソレ?』 「あっ!えとっ、近所の人のあだ名とその赤ちゃんっ!」 『西園寺の近所にそんなの居たかしら・・・? っと未夢のこと気になって言うこと忘れてた!』 「え?何かあったの〜?」 『宇宙に行く日が決まったのよ!』 「え?」 『訓練も無事終えて、今度宇宙船に乗って宇宙に行くの! それを終えたら、パパと日本に帰るからまた家族3人で暮らせるわね! と言う事だから、あともう少し頑張ってね!じゃーねー☆』 ガチャン。 え? ママたちが帰ってくる? ルゥくんたちは・・・ 未夢は最初ママに早く帰ってきてほしいと思っていたのに、 今もうすぐ帰ってこれるという事を聞かされても飛び跳ねるほど嬉しくなかった。 とぼとぼと西園寺の廊下を歩く未夢。 居間には委員会から早く帰ってきた彷徨が本を読みながら寝っ転がっていた。 「未夢、電話長かったな。女ってやつは何で長電話なんだ・・・。」 「ママから電話・・・。」 「そうか。心配してくれてるんだな。国際電話高いからあんまりかけさせるんじゃ・・・。」 「うん・・・わかってる・・・。」 そう言うと未夢は再びとぼとぼと自分の部屋へと歩き出した。 「何だよあいつ・・・。」 彷徨はからかったが未夢からはいつもお返しがなかった・・・。 次の日も演劇会の練習。でも何だか身が入らない。一生懸命やってるのに、 もっと頑張らなきゃいけないのに・・・。 彷徨はこの日は委員会もなくて未夢と一緒に練習した。しかしどこか元気がない。 いつもの笑顔も無きにしもあらずという感じ。 帰りも一緒に帰るが、いつもの言い合いや雑談はなく、無言。 未夢が黙っているので、彷徨もやむなく黙っていた。 「ただいまー。」 「・・・あれ?ワンニャー居ないの?」 「さあ・・・。」 二人で玄関に入り、居間を通り過ぎようとする。未夢はそのままルゥたちの部屋へ。 彷徨は居間に置いてあった一通の手紙に気付いた。 「・・・これ・・・。」 「ワンニャー!」 「・・・マンマっ・・・?」 ルゥが未夢の叫ぶ声で気付いた。 「ルゥくん、ただいまー。ワンニャーったらどこ行っちゃったんだろー、 ワンニャーっ!」 ルゥを抱いて庭を見渡してみるが誰も居ない。 本堂を過ぎて裏の奥へ回ってみる。 森を前に大きな広場だ。 未夢はルゥを少し強く抱いて立ち止まった。 「マンマっ・・・?」 強く吹く風。揺れる木々。青い空に白い雲。横の遠くにはうっすらと山が見える。 もうすぐ、私もここに居れなくなっちゃうんだよね・・・。 「未夢・・・何か隠してないか?」 「えっ?」 彷徨がそっと現れた。 「べっ、別にそんなことっ・・・。」 「ま、プライベートな事だったら無理にとは言わねえけどな。 何かあったら、おれを呼ぶんだぞ。」 「・・・う、うん・・・あれ、彷徨、その手紙は?」 彷徨の手には一枚の手紙が握られていた。 「親父が・・・修行から帰ってくる・・・。」 !? 彷徨のおじさんも・・・? それじゃあ私たちバラバラに・・・。 ルゥくん・・・。 「ん?ワンニャー・・・?」 未夢と向かい合っていた彷徨が未夢の後方を見た。 広場の奥に空を見つめるワンニャーが居た。 「どうしたの?こんなところで・・・。」 「未夢さん、彷徨さん、お話があります。」 いつもは優秀だとか言いながら失敗したりするワンニャー。 でもこの時は目にしっかり力が。 「な・・・に・・・?」 「もう・・・もうすぐルゥちゃまの救助隊が、地球の近くに来るんだそうです・・・。」 ―――――― 「・・・ワンニャーもか・・・。」 なに? 何だろうこの気持ち。 繋がった糸が、切れてしまうような感じ。 「最近様子がおかしかったのはこの事だったんだな。」 「はい。今まで黙ってて申し訳ありません。 ただ、あまりにも突然の事だったので・・・いつかこうなるとは思っていましたが とうとうこの日がやってきたのです・・・。」 未夢は呆然と立ち尽くしていた。 「・・・未夢・・・。 未夢、お前は今家族がバラバラになるんじゃないかと思ったんじゃないか。」 「・・・っ!」 未夢は彷徨の顔に急に振り向いた。 「でもな。これは、皆の新たなる旅立ちなんだ。」 「新たなる・・・旅立ち・・・。」 「そうだ。輪を増やすために、お互いは一時的に離れるだけなんだ。 いつも心は一緒。おれたちが一緒に過ごしてきた事実は変わらない。そうだろう?」 うん・・・そう・・・そうなのはわかってるけど・・・けど・・・ ルゥくん・・・! 未夢はルゥに振り向いた。 「あーいマンマー!」 ルゥは愛想笑いをしてくれる。 でも、この天使の笑顔がもう見れなくなるなんて、嫌だ! 未夢! 西園寺へ走り戻る未夢に彷徨は叫んだが、未夢の耳には届いていなかった。 いや、心に届いていなかったといったほうが正しいかもしれない。 現実を受け止めきれない未夢は、悲しさのあまり、笑顔を作ることさえ できるはずもなかった。 無言の夕食。 喧嘩したから無言な訳でもない。恥ずかしいからしゃべらない訳じゃない。 話題がないから口を開かないわけでもない。それでは・・・。 次の日の授業、未夢にはほとんど身が入らなかった。 彷徨は、そんな未夢を心配して授業中も未夢を見ることがあった。 演劇の練習・・・。 「あら、おばあさん、・・・。」 「未夢ちゃんどうしたの?続けて?」 「えっと、セリフ忘れちゃって・・・。」 「ええ〜、もう演劇まで一週間を切ってるのに大丈夫?」 もうそんなに近いんだ、演劇・・・。 「しょうがないね・・・少し休むといいよ未夢、最近練習尽くしで疲れたでしょ、 頭冷やしてきなよ〜。」 「うん・・・ありがとななみちゃん・・・ちょっと頭冷やしてくるね・・・。」 「綾〜、あんまり未夢にハードな仕事させちゃ駄目だよ〜、最近ようやく 素直になってきたみたいなんだからさ〜。」 「って事はますます白雪姫がピッタリになるのね〜☆」 「・・・いや、説得しようとしたあたしがバカだった。」 廊下に出た未夢。 「未夢。」 そこには彷徨もいた。彷徨もちょっと教室を出たのだ。 「現実を受け止めなきゃしょうがないだろ。現実逃避してても・・・。」 「・・・く・・・んな・・・・・・い・・・るわね・・・。」 「え?」 「よくそんな事言えるわね!ルゥくんたちが居なくなるのに彷徨寂しくないの!?」 急に大きな声を出す未夢。 「お、おい、こんなところでそんな大きな声出すなって。」 「どうなの!?答えてよ!彷徨!!」 「・・・そんな訳ないだろ・・・。」 「じゃあ、何でそんな平気な顔してられるの!?」 確かに、彷徨はほとんど顔をゆがめたことがない。 「でも、だからって、悲しんでいたって何も起こらないだろ。 こうなる事はお前だってわかっていたはずだ。」 「何よ!理屈ですべてしょうがないって流せるわけ!彷徨ってそんなやつだったの!? 知らない!」 そう言うと未夢はどこかへ去ろうとした。 「未夢っ、どこいくんだよ!待てよっ!」 しかし、彷徨は未夢の腕をしっかり掴んだ。 「嫌!離して!離してよ!!離してってば!!」 彷徨は未夢を自分の体へ引き寄せ、覆うように未夢を抱いた。 「・・・っ・・・離れたくないっ・・・!!!」 いつも強そうで元気な笑顔を見せる未夢もたまに悲しそうな顔を見せるが この時だけは、心の底から本心を打ち明けた。 今日は演劇の練習は中止になった。未夢の具合が悪いからと早退する事にした。 主役が居ないので各自小物は家でやってくるように残りの生徒に伝えた綾。 またしても無言で西園寺へとかえる未夢と彷徨。 「・・・ただいー、まっ・・・。」 パーン☆ 「あーい♪」 「ぺポぉー☆」 突然玄関中にクラッカーの爆音が鳴り響く。 「ど、どうしたのワンニャー・・・。」 落ち込んでいた未夢もびっくり。 「はいっ、もうすぐルゥちゃまの帰る日がやってくるので、西園寺で 盛大に盛り上がろうかなって!」 「・・・。」 「落ち込んでてもしょうがないですし、いずれはこうなる事はわかっていたん ですから、最後くらいは楽しく過ごしたいと思いまして・・・彷徨さんはともかく 特に未夢さん・・・。」 「何だよそのおれには感情がねーみたいな言い方は・・・。」 「えっ!いやっ、あのっ、えと、彷徨さんもですよ〜っ!」 「ぷっ・・・あははははっ・・・。」 未夢が笑った。 未夢の久しぶりな笑顔のような気がする。 「そうだよね・・・何か一人で落ち込んでたことがバカみたいに思えてきちゃった! あ〜お腹空いたな〜。」 未夢さん、いつもどおりの未夢さんです!わたしも少しは役に立てましたよねっ? 「はい!少し早いですけど、ご飯を作る準備は出来てます!」 ・・・まだ4時じゃん。早過ぎだって。 「夕飯は少し遅めに7時くらいでいいかな〜・・・。」 「え〜せっかく早く用意しましたのに〜。」 ワンニャーは実に残念そうに言う。優秀な能力が結果として出なかった〜って。 「まあ、未夢がそう言うんだからいいんじゃないか。」 「だって、お腹空いたけどまだ夕飯って感じ出ないもん!」 「そ、そうですか〜・・・。」 「それよりさ。皆でモモンランド行かないか?」 「えっ、モモンランドっ☆」 「きゃーい♪」 「ペポぉ〜♪」 彷徨がその名を口にしたとたん4人とも目をキラキラさせた。 「あっ、いやっ、そのっ。おれも遊びたいとかじゃなくて・・・ ほら、この前はおれがアキラと一緒に行ってて未夢たちは尾行してついてきた だけだろ?ワンニャーたちはおれたちともまだ行ってなかったし・・・。」 「尾行してすいませんね・・・。」 「それはもういいって。」 「それは良いですね!行きましょう!」 早くもパワー全開モードワンニャー。 「よし、未夢、行こうぜっ。」 「・・・  うんっ!」