『彷徨の嫉妬 ―後編―』 「未夢ちゃんは、光ヶ丘くんと西園寺くん、どっちがいい〜?」 「私?」 次の日、学校に行くと未夢は他の女子にそう聞かれた。美少年コンテストのことである。 「・・・光ヶ丘くん・・・。」 「キャー未夢ちゃんは光ヶ丘くんだってー!」 未夢はぼそっと言ったあとポーっとしていた。女子の大きな声で内容は彷徨や三太にも 届いた。 「モテる男はつらいよなぁー。去年のグランプリとして何か一言っ・・・って、彷徨〜?」 「興味ねぇや。」 その時、未夢と彷徨の目があった。 彷徨は怒ったような顔をして教室から出て行った。 (何よ、彷徨のやつ。) そう思っていると光ヶ丘が未夢に近づいてきて聞いた。 「未夢っち。何か西園寺くん怒ってたみたいだけど、喧嘩でもしたの?」 「ううん、だってあいつが勝手に嫌な事言って怒ってるだけだもん!」 「でも、未夢っちも無意識に悪口言っちゃってるのかもしれないよ。素直に謝ってきたほうが いいじゃないかい?」 「・・・うん・・・。でも・・・。」 確かに、すぐムッとなってしまって悪口を言ってしまっていたのかもしれない。 でも、あんなに怒る事無いのに・・・私だって、嫌な事言われてるのに。 未夢は何となく素直になれなかった。 学校が終わって授業後、光ヶ丘は家に帰ろうとしていた。 すると、後姿が彷徨にそっくりな同級生を見つけた。 (あれ、西園寺くんじゃないか・・・?一体何をやっているんだろう・・・?) 光ヶ丘は電柱に隠れてその様子をじ〜っと見ていた。 その同級生は、何やら地面を何回も踏んでいる。よく見ると蟻の大群だ。 (西園寺くん!何をやっているんだ!虫虐待かっ!?そりゃ、ぼくだってバラのために虫くん を追い払ったりしちゃうけど、それはあんまりじゃないかっ!?) 光ヶ丘はギョッとして急いで帰った。 しかし、彷徨にそっくりな同級生は実は三太だった。学校でモテたいがために彷徨に変装して そのままだったのだ。 「蟻ってやっぱり早足だよな〜。」 妙な事を言いながら地面をふんだりけったり。もちろん虫を踏んではいなくて、 その虫が走る様子を見ているだけだった。 光ヶ丘はすぐ飛んでやってきた。いた、まだ西園寺くんいたぞ。まだそんな酷いことをやって いたなんて見損なったぞ! フラッシュ機能をオフにしておいてシャッターチャンス。写真に撮った。 その頃、当の彷徨は未夢を置いて一人で先に帰っていた。 未夢は置き去りにされて、ななみと綾に愚痴を聞かせながら帰っていた。 「・・・それは、未夢もいけないこといっちゃったんじゃないの〜?」 「そんな事ないよっ。だって、お前バカだ〜とか、ボーっとしてる〜とか、酷い事ばっかり 言うんだよ。それに最近、すごく意地悪で、お皿洗いとかも手伝ってくれないし・・・。」 「もしかして、西園寺くん、光ヶ丘くんに嫉妬しちゃってるんじゃないの? ほら、最近光ヶ丘くん、未夢ちゃんには妙にやさしかったから。それで西園寺君は未夢ちゃん に当たっちゃったとか・・・。」 綾が未夢にそう言った。するとななみが反応した。 「あ〜綾!それあるかもねえ。西園寺くんだって男だし、やっぱりそういうのもあるの かねえ・・・旦那のヒステリーってやつ?」 ななみが閃いたように綾に言うと、今度は綾が目を光らせた。 「そうだよね〜♪奥さんに優しくする一人の男、それに焼きもちを焼いて食べちゃう 旦那さん!サイコー!」 「食べちゃダメだよ綾・・・。」 そんなやりとりのななみと綾。未夢は・・・ 「そうなのかな・・・でも、だからってあんなに酷い事言わなくてもいいのに・・・。」 「まあ、女の子の心はデリケートだからねぇ〜。」 ななみがそう言うと、綾が付け足した。 「でも、あんまり深く気にしても気が重くなるだけだし、西園寺くんは本当はそんな人じゃ ないと思うから気にしないほうがいいと思うよ、未夢ちゃん。じゃあ、また明日学校でね。 バイバイ〜♪」 ななみと綾と道で分かれて家の方へ向かった。 一人未夢は、同居人の彷徨に酷い事を言われた事を考え込んで落ち込んでしまう。 (彷徨・・・どうして・・・。今日も何も言わず先に帰っちゃうし・・・。) この日の夕食も、彷徨は怒りながらテレビを見ていて、未夢は落ち込んでいて、 ルゥは泣いてて、ワンニャーはルゥをあやしながら不安そうに二人を見ていた。 誰もしゃべらない夕食が続いた。 次の日、学校に来てみると何やら学校新聞の所が騒がしい。 見ると、彷徨の後姿そっくりの写真が貼られていた。 下の文の説明には、西園寺彷徨、虫虐待か!?の文字。 「西園寺く〜ん!これ本当なの〜っ!?」 「ああ、何かおれみたいだな・・・。」 そう言えば確かに昨日、帰る時この道を通ったような気がするな。 石を蹴って・・・。でも何で写真に撮られてるんだ? まあいいけど、何なんだこの騒ぎは・・・。 事の真相を説明するのが面倒な彷徨は、その写真が自分だと本人も思い込んでしまった。 「西園寺くんっ!何なんだこれはっ!一体どういうことなんだっ!?」 光ヶ丘が血相を変えて彷徨の元に飛んできた。 「何って、道歩いてただけだけど。」 「見損なったぞ西園寺くん!そんなさらりとウソをつけるなんて!」 光ヶ丘の訳のわからない言葉を、彷徨は無視して行った。 その様子を見ていた未夢は、彷徨に声をかけてみた。 「彷徨・・・?」 だが、未夢のその言葉も届かず、彷徨は学校へと入って行った。 教室はその話で持ちきり。彷徨は席でひじをついて手をほっぺにやって細い目でぼーっと している。イライラしているのか。 三太は、彷徨の近くの机に乗っかって、レコード話をしていた。 何も知らない未夢は、信じられないと言った気持ちで彷徨を見つめていた。 昨日喧嘩していたとしても、やっぱり彷徨がそんなことするなんて信じられない。 三太のレコード話に飽きて教室を出て行った彷徨を、未夢は追いかけて言った。 「ねえ彷徨っ。あの話本当なのっ?」 「んーな訳ねぇじゃん・・・。」 「じゃあどうして説明しないのっ?」 「そんなの言って周っててもキリがねーよ。」 そう言ってどこかへ行ってしまった。 (そうだよ。いくら私にあんな酷い彷徨でも、そんな事するなんて信じられない。 何かの間違いよ!) 彷徨を強く信じていた未夢は、何でこうなったのか原因追求することにした。 まず、他のクラスの子に彷徨があの日何をやっていたか、もしくは何か変わったことは 無かったか聞いていた。 「ううん、何もないよ。」 「さあ、知らないなあ〜。」 返ってくる返事はどれも良い情報ではなかった。 数十人に聞いていくうちに、一つだけ気になる情報があった。 「そう言えば、黒須のやつがモテたくて彷徨に変装してたよ〜。」 「それ本当っ!?ありがとうっ!」 未夢は三太の元へ飛んでいった。 「三太くんっ!新聞見たっ?あの日彷徨に変装してたって、本当っ?」 「ああ!それおれだよ。彷徨のやつ、モテ過ぎだからちょっとおれに女の子の人気を 分けてもらおうかなとか思ってさ〜。」 未夢は思案の末、全てを悟った。 (あれは三太くんだったのよ!すぐみんなに説明しなきゃ・・・!) しかし、もうそんな時間はなかった。 「皆さん、校内美少年コンテストが始まります。男子の候補者と、女子の皆さんは 体育館の方へ集まって下さい。」 放送が流れて皆が移動し始めてしまった。どうしよう。 「未夢、行こっかっ。」 ななみが綾を連れて未夢の元へやってきた。未夢はすごく考え込んでいる。 「未夢ちゃん?どうしたのっ?」 綾が不思議そうに未夢に聞くと、未夢は答えた。 「あの新聞の写真は彷徨に変装した三太くんだったのよ!早く皆に説明しなくちゃ!!」 「え〜っ!?でもそーいえば三太くん、西園寺くんに変装してたね・・・モテたいとか 言って・・・。」 「く〜ろ〜す〜く〜ん!?全くあんたは、変な趣味がそのまま変な形で表に出ちゃったじゃ ないの!?どう責任とんの!?」 ななみが三太に責め寄った。 「そんなぁ〜。おれ何もしてないよぉ〜。」 「し〜て〜る〜!!」 ななみと綾が声を合わせて言う。 「三太くん、来てっ!」 「え、あっ、ちょっと、うわあっ!」 「未夢っ!?どうするのーっ!?」 「皆に説明するー!」 未夢はそう言って、三太を体育館まで引っ張っていった。 「とりあえず、私たちも体育館に行こう!」 ななみも綾と体育館へ行った。 「西園寺くん、今度こそ正々堂々と戦って勝ちたかったのに・・・。」 体育館へ行くと、投票箱があって女子がそれに群がってざわめいている。 しかし、西園寺の投票箱には人数が少なかった。 皆のそんな様子を見たクリスが困った様子で投票箱を見つめている。 すると、未夢が三太を連れて体育館の台に上がってきた・・・。 「あっ。ここは関係者以外立ち入り禁止です・・・って、あっ、ちょっと・・・。」 「すみません!これ貸して下さい!」 未夢はマイクを持っていた人のマイクを借りて、台に上って言った。 「皆さん!お話があります!」 「未夢・・・?」 「未夢っち・・・?」 候補席に座っていた彷徨と光ヶ丘は突然の出来事に驚いた。 「この写真ですが、これは彷徨・・・いえ、西園寺くんではありません!本当は、 この黒須くんが彷徨に変装した姿だったんです!」 未夢がそういうと、え〜っ!?と言う声。未夢はさらに説明を続けた。 「あの日、黒須くんはモテたいために西園寺くんに変装しました。そして帰る時も そのままで、途中の蟻の大群の群れを観察していただけなんです! その証拠に、近くの地面に黒須くんの靴の足跡があります!」 未夢は写真を大きなスライドに出し、そう説明した。 「ご、ごめんなさい・・・。」 三太が申し訳なく頭を下げ、そう言った。 「あの野郎、帰る時もおれに変装したままだったのか・・・騒がせやがって・・・。」 彷徨はため息をついた。 「ぼ、ぼくはまたしてもウソの情報を流してしまったのかっ・・・!? 真のウソ付きはこのぼくじゃないか・・・西園寺くん、すまなかった!!」 光ヶ丘が椅子から立ち、彷徨の前で土下座してそう言った。 「え、いいってそんな事・・・。」 「よくない!ぼくは、ぼくは・・・!許してくれたまえーっ!!」 「やっぱり、西園寺くんじゃなかったんだー!!」 「私は最初から西園寺くんを信じてたもーん!」 そんな歓声の声が女子から聞こえた。 「うう、彷徨、ごめんな。お詫びに一票・・・。」 三太が彷徨の投稿箱に一票入れようとする。 「あっ!男子は投稿できません〜っ。」 「そんなぁ〜。」 すると他の大勢の女子が三太の前に立ちはだかった。 「極悪人の張本人!覚悟しなさい!」 「よくも西園寺くんを落としいれようとしたわね〜っ!許せない〜!」 「ええ〜!?わ〜ちょっと〜!?」 三太が女子にからまれている。 「は〜ぁ〜。何か、黒須くんあまりにも可愛そうだから、私たちが黒須君の登校箱に 投稿してあげよっか?」 「そうだね〜。」 ななみが綾にそう言うと、綾も苦笑いしながら賛成した。三太、記録二票である。 「うう・・・天地さん、小西さん、このご恩は忘れないよ〜っ!」 コンテストは、またしても彷徨の優勝となって、トロフィーが渡された。 「西園寺くーん!待ってー!!」 授業後、大勢の女子が彷徨にドドドっ、と走ってきた。 その時未夢も側に居たが、驚いて二人でもうスピードで逃げた。 「はぁーっ、はぁーっ。」 「・・・うふふっ、これじゃーあの時遅刻しそうになって走ったのと同じだねっ。」 彷徨がもう疲れたと言う顔をしている時に、未夢は軽くそういった。 「大したやつだよ、お前は。」 「ちゃんと皆に説明しないと、わかってもらえないんだからね!」 「しょーがねーって言ってんだろー。そーゆーセーカクなんだからー。」 彷徨はそう言うと、すたこらさっさと歩いていった。 「ちょっと!そんなんだから誤解されるって言ってるでしょっ!口で言ってくれない・・・ と・・・?」 未夢がガーっと言っていると、彷徨は道端に咲いていた一本の花を黙って未夢に差し出した。 そっぽを向くようにすぐ前に振り返った。だが、その顔は軽く火照っていたように見えた。 未夢は嬉しかった。今までのどんなバラを貰った時よりも、 お世辞の見かけのバラなんかよりも、気持ちの花の方が何倍も嬉しかった。 愛情表現の下手な彷徨の、未夢への精一杯の愛情表現だった。 (彷徨、焼きもち焼いてただけだったんだね) 「帰るぞっ。」 「うんっ!!」