『彷徨の悪夢』 ========================================== 『未夢、行くな!』 『なあに?クールな彷徨。その爽やかな顔でまた女を手にすれば良いわ さようなら』 『・・・!』    ・  ・  ・ ========================================== 「・・・た・・・なた・・・彷徨!?」 目覚めると、そこには愛しい人がおれを心配した目つきで見てくれていた。 「どうしたの?どこか苦しいの?なんかすごいうなされてたみたいだけど・・・。」 「ああ・・・悪い。大丈夫だ。なんでもない。」 「別に謝らなくても良いよ。大丈夫?よかったぁ・・・。」 ・・・夢か。 今日、おれはあいつが離れていく夢を見た。 真っ暗闇の中に、お前の姿が鮮明に映し出されていて 倒れているおれに近寄って来たら離れて去っていく夢。 今でもはっきりくっきり頭に夢の記憶がこびりついている。 手に入れた至幸を失う記憶。 寝起きは最悪だった。 鏡を見ると、今まで見た事のないような自分の殺気すら 感じとれる視線。 朝飯は、どんな好きな食べ物でも吐き出してしまうのではないか と思うくらい不味かった。 歩いて10分位しかかからない学校までの距離が、1時間くらいに みえてしまった。 途中色々考え込んで、車にぶつかりそうにさえなった。 今日の授業はこの事でほとんど上の空だった。 彷徨(おれ)以外の好きなものに対して「好き」と言う事は おれにとって嫉妬極まりないものになる。 それが何でもない、ただのお気に入りのものだったとしても。 お前は、人生で唯一おれを好きだと言ってくれた。 そして一緒に生きていこうと。 でも、お前は社交性が良いから、すぐ他の男とも仲良くなってしまう。 おれはこの事を、真剣に考えこんでしまう。 お前の隣におれ以外の男がいるだけで、そいつと二人一緒に笑っているだけで 夜もろくに眠れず、不安の出来事が夢にまで出てくる始末。 おれは それほど お前が 好き なんだ 行くな 両思いになってから、最近紅の糸が切れかかっているような感じがして怖い。 おれとお前実際お互い好きに、両想いになってから、 所謂赤い糸ってやつができたが、それももはやお前がちょっと手を引っ張ったら 千切れてしまいそうな気がする。 お前は 本当に おれを 一番 好きで いてくれるのだろうか ? お前にとって、おれは何なんだ? 好きな人のために、何をしてくれる? 違うというなら証拠を見せて欲しい。 だが、もう告白だけでは証拠にならない。 何故ならお前は普通に仲の良い異性に簡単に話し掛けてしまうから。 おれは 果たしてお前と運命を共にできるのだろうか――― それとも 嫌われて おれの跡を去るのだろうか――― そんなのは嫌だ お前が好きになって あの死よりも深い暗闇の悪夢を見てから 幸せの絶頂から地獄の底に叩き落されたように胸が激しく痛む もうおれはお前しか愛せなくなった。 身も心も 未夢・・・! 行かないでくれ――― ――――――――――――――――――――――――――― ・ ・ ・ ・ ・ ・  「・・・た・・・なた・・・彷徨ってば!」 「え?あ・・・。」 「彷徨、どうしたの?今日、ず〜っとぼ〜っとしたままだったよ? 今も何だかふらふらしてたし・・・。熱でもあるの?」 下校途中、おれはふさぎこんでいた。 「いや、大丈夫だ。心配するな。」 「本当?本当に大丈夫?」 「おれを信じられないのか〜?」 彷徨は笑うような顔をしながら未夢を睨んだ。 「そういう訳じゃないけど・・・。」 「良し。さすがおれの好きな人だ。」 「彷徨・・・。」 だが、おれは内心不安で一杯だった。 今は手を伸ばせばすぐ届く 今だけじゃ物足りない 永遠に今の幸せが続いてほしい 「・・・なあ未夢・・・おれから・・・れないよな・・・?」 「え?何?よく聞こえなかったけど何か言った?」 「・・・おれから、離れないよな?」 「えっ・・・どうして急にそんな事をっ?」 未夢は少し恥ずかしそうに言った。 「おれは、未夢を手放したくない。」 「手放したくないって・・・別れる訳じゃないし・・・。」 「今朝、お前が何処か遠くに行っちまう夢を見たんだよ。」 「もしかして、それで色々考え込んでたの?」 「ああ・・・。」 「・・・私が彷徨の側を離れるわけないじゃない・・・。」 未夢は周りに聞こえないような、彷徨だけに聞こえるような 小さな声でそう言った。 「今だけじゃないって、信じてるからな。」 「うん・・・。」 家についた二人は、学校帰りの休息についた。 「彷徨〜、メロン食べる〜?この前の余り〜、冷たくておいしいよ〜!?」 未夢が台所から彷徨に呼びかける。 「ああーっ、今行くーっ。」 「彷徨、少しくらいは元気、出た?」 「お前が去る夢を見て元気が出るわけないだろ。」 「彷徨、それは夢だよ。現実の私は彷徨から決して離れないよ。」 「・・・ああ・・・。」 食卓のメロンを頬張りながら、静かな会話をする二人。 「・・・あんまり美味くないな・・・。」 「えっ・・・。」 「いや、味は不味くないんだが、やっぱり気持ちのせいでどんな美味いものも 不味く感じるんだ・・・。」 「ごめんね・・・。」 彷徨は何故か少し頭に来てしまった。その謝りは、まるで自分から去る時の言葉のよう。 勘違いだとわかっていても、感情は理屈じゃない。 「あ、皿片付けるよ。」 未夢が立ち上がって台所へ皿を持っていこうとする。 「未夢・・・。」 「え?・・・って、きゃっ・・・?」 彷徨は、静かに未夢の頭を自分の胸に静めた。 「しばらくこうさせてくれ・・・。」 未夢は、黙って彷徨の胸に頭を静めていた。 なんなんだ?この気持ちは。 おそらく、2度と味わうことのないだろう不思議な気持ち。 未夢以外に、持たない感情。 おれ、どうしちまったんだ。 お前に魂を奪われた。 もう立ち直れないかも・・・ 「いきなりごめんな。」 「ううん、大丈夫だよ・・・。もう今日は寝たら?」 「そうだな・・・何もする気が起きない。」 「おやすみ・・・。」 このぼ〜っとした日が、次の日にも続いた。 学校では周りが彷徨を不思議そうに見る。 いつもはクールな彷徨がぼ〜っとしていると珍しいというような感じで。 未夢は、そんな彷徨の元に居ると周りが違和感を感じるかもしれないと思い あえて隣には行かなかった。 彷徨も、それをわかってはいるものの、どうしても納得できなかった。 「未夢、おはよう。」 さらにその日が過ぎた次の日、彷徨が元気そうに未夢に朝の挨拶をした。 「彷徨っ、元気になったのっ?」 「ああ、今まで心配かけたな。夢だけでおろおろするなんて、おれらしく ないよな。あ〜情けね〜。」 「そんな事ないよ、人なら誰でも悩むときは悩むし、彷徨が人だって 証明されたようなものだから。」 「それって何か今までのおれが人じゃなかったような言い方だな。」 「あっははっ。」 「まあいいや。さっさとご飯食べて学校へ行こうぜっ。」 「今日も数学の授業あるんだよね〜・・・私眠くなるんだよね〜。」 「おれが叩き起こしてやるぞ。」 「うるさ〜い!」 そうだ、夢と現実を区別しなきゃならない。 おれはお前が居なくなるのを恐れたけど、それは夢、現実じゃない、 ただの不安から来る恐怖だったんだ。 おれは お前を 守ってみせる ===================================================================== written in 2003.09.12